『ねぇ、もっと逢ってよ』

そんな言葉は、信じられなかった。
きっと気まぐれで強請ったに過ぎなくて、実行になど移すわけないと思っていた。
しかし、及川とはその後何度もあった。


＊


「なーなーなんで、お前と二人だけで、掃除しなきゃだめなわけ？」

日向は、モップで磨きながらブツブツと呟く。
本来、部活後の体育館の清掃は、新入部員の一年のする仕事だが、他の１年は、さっさと帰ってしまった。
月島など「相変わらずだね、キミたちって」とチクチク言うのも忘れなかった。

「お前のせいだろう」
「なんだよ！影山だって悪いだろ」
「さっさと終わるぞ！！」

部活中に、また日向と影山は喧嘩をして、キャプテンに大目玉をくらったのだ。
そして、バツ掃除をさせられいた。
日向の不平をスルーして、影山はモップ磨きに精を出した。

「げー！もうこんな時間だよ！」
「早く終わらせるぞ」

それじゃなくても、及川との待ち合わせに大幅に遅れているから、気が気じゃない。
もっともお互い部活もあり、忙しい身だから、彼は文句は言わない。
もしかしたら、彼も遅れてくるかもしれないし。

（けど、嫌味とか面倒だしな）

表立って怒るよりも、及川はサラリとチクチクと嫌味を言うのだ。
影山がそれに反論できないと分かっていて、笑顔で痛いところを付くのが彼だ。
その辺は、中学の時と全く変わらない。

（だったら、頻繁に逢う理由はないはずなのに・・・）

二人の関係は、中学の先輩後輩で、今は、ライバル校だと思っている。
それ以上でもそれ以下でもない。
いくら及川が好きだと囁いても、影山はまだ信じられなかった。いや、信じたくなかったのかもしれない。

「おーい！影山！何、ぼうっとしてるんだよ」
「別に。何でもない」
「・・・・・・なぁ、あの、その・・・返事くれないのか？」
「・・・」
「忘れてない・・・よな？」

そう。日向には、一度告白されている。
その時も、こんな二人っきりの時だった。あれは部室で残った時だ。
あれは、二人で速攻の練習をしてて、夢中になり過ぎて居残ってしまったのだ。

「俺、お前が好きなんだ」

冗談だと思って、マジマジと日向の顔を見つめれば、真っ直ぐな眸と目が合う。
からかいや、嘘はなかった。
ボールを追っている時のような、真剣な色だった。

「俺は・・・」
「いや！まだ言うな！！」
「日向？」
「ええっと、突然だっただろ？俺の告白・・・だから、まだ返事いいや」

そりゃ今すぐ欲しいけどさ、だけど。やっぱりさ・・・
シドロモドロの日向に、掛ける言葉を失って、そうかと曖昧に頷く。
いや、自分は何を言おうと思ったのだろう。

（及川さんの顔が浮かんだなんて、嘘だろ）

そう。日向の真面目な眸に、咄嗟に思ったのは、及川の存在だった。
自分は、いつも彼を想い、彼を意識している気がする。
及川はともかく、日向は自身の気持ちを正直に出しているのに、イマイチ影山は分からない。

（バレーのことなら、白黒はっきり出せるのに）

貪欲にボールを追っ掛けて、コートを走り回り、勝ちに拘る。
バレーなら複雑だが簡単にできることなのに、感情という曖昧なものだと
ふわふわして形にならない分、上手くコントロールできない。

「なぁ、もしかしてホントに忘れちゃったのか？」

恐る恐る尋ねる日向に、いや・・・と影山は緩く首を振った。
途端に、ぱぁとチームメイトの表情は明るくなる。
喜怒哀楽がハッキリしていて、分かりやすいのは日向の良い所だった。

（あの人とは大違いだ・・・）

また及川を思い出す。彼に繋がってしまう。
苦々しい表情を浮かべる影山に、日向は心配そうに見つめてきて、慌てて打ち消した。
影山は、日向にせっつかれるように口を開く。しかし、

「俺は・・・」

なんて言えば、良いのだろうか。
日向は、チームメイトで、影山の力を最大限引き出してくれた存在で、それ以上でもそれ以下でもない。
しかし前ほどは、日向を憎らず思っている自分がいる。

（まして及川さんなんて、関係ない・・・）

「トビオちゃん、まだ～～？」

不意に、体育館の扉が開く。
近くの公園で待ち合わせをしていたはずの及川が、のほほんと立っていた。
いや、眸は厳しい色をしていた。








●●●　再会の始まり　２　●●●








（やっぱり、あの小っちゃい子か）

プレイを観て、そして雰囲気で何となく分かった。
あの少年が、及川と同じように影山が好きだということを。
いや、自分よりも正直な分、より分かりやすかったかもしれない。

「及川さん、どうして、ココに・・・」
「待ち合わせしてただろ？時間になっても来ないから、気になってさ」
「すみません」

チラチラと影山は、及川と日向を見つめて、この状況を困っているようだ。
逆に日向は、眸を白黒させて、先日戦ったチームのキャプテンがなぜいるのか
判断に苦しんでいるようだった。

（面白いなぁ。でも、釘は差しておかなとね）

「飛雄、言ってやれば良い」
「？及川さん？」
「俺と付き合っているから、小っちゃい子と付き合えないって、言えば良い」
「ええ？！影山？！嘘！大王様と？！」

途端に、キャンキャン叫んだ日向に及川は眉を潜めるが、すぐに表情を戻した。
喧しい。まるで子犬のようだ。しかし、コート内での鋭さも知っているから
あまり舐めてかからない方が良い。

「そう。俺と飛雄は、付き合っているんだよ」

ダメ押しの様に、今度は日向に向かって告げれば、ギリギリと歯軋りする日向と
絶望的な表情を浮かべる影山がいて、及川はおかしかった。
日向はまだ、信じられないのか。影山に向かって「どうして？！どしして？」と詰め寄っている。

「キミは、知らないデショ」

飛雄の憎たらしい唇が、どんなに甘いかとか。
快楽に歪んだ飛雄の眸が、トロンって蕩けるかとかさ。
後、飛雄のナカがどんなに熱くて、キツくて、気持ちイイかとかさ。
聴いていた日向は、アワアワと口籠って体の関係のある二人に、目が泳いでいた。

「及川さん！！！！！」

ツラツラと思い浮かぶだけの情事の様子を伝えれば、真っ赤になった影山が
足取りを荒くして、入口に佇んでいる及川の傍にやってきた。
眸が三角に吊り上っていても、やっぱり飛雄は可愛い。そして、バッと彼が手を振り上げた。

「って、殴られることしてないけど？」
「・・・くっ」

手を振り上げた飛雄の手を抑えて、引き締まった体を引き寄せる。
飛雄からは甘い香りがして、もっと引き寄せて、ふくれっ面の頬にチュッと唇をとした。
すぐさま、日向と影山から悲鳴が上がり、面白いなぁと笑った。

「キミの出る幕は、ないよ」
「く・・・！」
「これで、飛雄が誰のモノか、分かったでしょ」

ふふん！と勝ち誇った笑みを浮かべれば、ぴょんぴょん跳ねた日向がガウガウと吠えて、
及川をピシッと指差した。
・・・人を差すなんて失礼だよ？（自分も、影山にしたのを忘れている）

「絶対に！絶対に！！諦めないからな！！」

いくら大王様と言っても、譲れないからな！
影山といくら中学からの先輩後輩だからって、俺の方が有利だ。
負けないからな！

「俺だって、負けないよ」
「く・・・！」
「キミは、最初から付け入る隙がないと、気付くだけだと思うよ」
「やらなきゃ分からないだろ！」

バチバチと及川と日向の間に、火花が飛び散った。
影山は、はぁと小さくため息を付いていた。


＊


「やっぱり飛雄は、モテるね」

体育館の清掃を待って、予定通り及川は影山と二人っきりになった。
中学の時からそうだ。
自己チューのプレイのせいか、反感を買うことも多かったが、一目置かれていた影山。

（その一方で、心酔されていたのも知っているさ）

及川の様に表立って騒がれることは少なかったが、天才というのは凡人の目を惹かれるものなのだ。
バレーに夢中になっていた飛雄は、その色めき立った空気を気付いてなかったようだが。

「モテません。モテるのは及川さんでしょ」
「ふふふ？そうかもね」
「・・・」
「でも、飛雄もモテるんだよ」

今だって、あの小さい子に迫られてたじゃない。
ああ、小さい子って言ったら不味いか。仮にも、ライバルだしね。
啖呵を切った少年を思い出して、くすくす笑う。

「俺は、小さい子じゃない！日向翔陽だっっ」

負けると分かっていて、あんなに堂々と宣言するなんてね。
苛立つ気持ちを抑えて笑みに変える。
あまり見っともない様子を影山に見せたくなかった。余計なプライドかもしれないけれど。

「手・・・離してくれませんか」
「え？ああ・・・コレね」

いつの間にか手を繋いでいたらしい。影山が、戸惑うように声を掛ける。
いや、もしかしたら、最初から手を繋いでいたかもしれない。
無意識な行動に、及川はまた笑みを浮かべた。

「及川さんの家に、泊まりたいです」
「・・・へぇ。積極的じゃない」
「いけませんか？」
「全然。俺は、いつだってオッケー」

なら、行こうか。
手を繋いだまま、及川は早足で家に向かった。

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